森田一郎とは?ナショナル脱退の経緯&兄弟・高校・獲得賞金など

森田一郎とは?ナショナル脱退の経緯&兄弟・彼女・高校・獲得賞金など

125期の卒業記念レース。全選手が勝ちに行くなか、肝の据わった乗車で他の選手に惑わされず、完璧なレース運びで勝利を収めた森田一郎

養成所卒業から、即ナショナルチームに在籍した若手のホープ。これからの競輪界を引っ張る存在であろう森田一郎のプロフィールや趣味・選手としての経歴について調べました。

目次

森田一郎のイケメン画像集

不器用で真っ直ぐな性格とは真逆の端正なルックス。ここに実力も伴っているとあれば、人気が出るのは当然。

今後、見逃せないスター候補のイケメンぶりをご堪能あれ!

森田一郎とは?「イケメン画像①」
森田一郎とは?「イケメン画像②」
森田一郎とは?「イケメン画像③」
森田一郎とは?「イケメン画像④」
森田一郎とは?「イケメン画像⑤」
森田一郎とは?「イケメン画像⑥」
森田一郎とは?「イケメン画像⑦」

落ち着いた雰囲気の中に、闘志が溢れる顔つき。ただのイケメンではありませんねw

森田一郎とは?

決して運動神経が良いとは言えなかった幼少期。ソフトテニス部では全く結果が出なかったことから、辿り着いた自転車競技。ここから森田一郎の才能は一気に開花することに。

ここからは森田一郎のプロフィールについて解説します。

森田一郎の公式プロフィール

公式画像森田一郎とは?「公式プロフィール②」
名前森田一郎(もりたいちろう)
ニックネームもり、いちろー
生年月日2001年2月1日
出身地埼玉県越谷市
デビュー2024年5月10日(125期)
身長/体重171.5cm/71.0㎏
背筋力180.0kg
血液型O型
太もも60.0cm
好きな食べ物フルーツ全般
嫌いな食べ物なし
ホームバンク大宮競輪場

座右の銘は「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」

学生時代に聞いた言葉で、競輪という競技にマッチしていることから、座右の銘としているそう。

若い森田は先行選手としてラインを引っ張り、同地区の先輩たちを活かす立場。言葉の通りの走りが出来れば、今後成績も上がっていくはず。

小中学校はオートバイ競技に熱中

両親が車やオートバイなどの乗り物が好きだったことから、小学校5年生からオートバイ競技「モトクロス」を開始。

モトクロスとは

未舗装のコースをオートバイで、疾走して速さを競うモータースポーツ。オフロードレースの一種。

小学生時代はモトクロスをやってきましたが、中学校に入るとソフトテニス部に加入。しかし、テニスは森田一郎に合わず…

やはり乗り物に乗るのが好きだなぁ。高校では乗り物に乗る部活をやろう

上記のように感じて、高校からは自転車競技を行うことに。

高校で自転車競技に転身

森田一郎とは?「杉戸農業高校で自転車競技に転身」
杉戸農業高校時代の森田一郎(後列真ん中)

高校は「杉戸農業高校」に入学。

杉戸農業高校出身のOB

2024年のガールズグランプリを制した石井寛子(104期)が卒業生。他には服部記義(22期)を輩出している自転車競技の名門校。

杉戸農業高校の自転車競技部は2~3人しか部員がいなかったものの、他校と合同練習を行うことで実力をつけていくことに。

当初はロードレースをやっていたものの、先輩の姿を見るうちにケイリンに魅力を感じるようになります。

関東大会では実績を残した森田一郎。しかし、全国大会では結果を残すことが出来ず、完全燃焼できなかったことから、大学で自転車を続けることを決意します。

朝日大学時代にケイリン国体優勝

大学は「朝日大学」に入学。

朝日大学を選んだ理由は、同い年だった太田龍希(117期)の父親である太田真一(75期)からの紹介。

太田真一の経歴
  • 1975年10月11日生まれ
  • KEIRINグランプリ1999優勝
  • GI2勝(寛仁親王牌・高松宮記念杯)
  • 2016年、通算400勝達成
  • 通算優勝回数45回 ※2024年末時点

太田真一は全日本トラックでケイリンの誘導をした経験もあり、自転車競技にも通じている選手。森田一郎の適性を見抜いて、朝日大学を推薦することに。

強豪チームに加入したことで、メキメキ実力をつけて一気にレベルアップした森田一郎。

  • 国体2022 ケイリン1位
  • インターカレッジ2022 ケイリン2位
  • 全日本選手権2022 タイムトライアル2位

やればやるほどに自転車にのめり込んでいったことで、自転車以外に興味がなくなっていき、卒業後は競輪選手を目指すことを決意します。

小原佑太(115期)さんのヤンググランプリの走りを見て、競輪選手っていいなと思いました

師匠は83期「山信田学」

森田一郎とは?「師匠は83期山信田学(やましだまなぶ)」
インタビューを受ける山信田学(左)

師匠は83期「山信田学(やましだまなぶ)」。

山信田学の戦績
  • 1976年6月30日生まれ
  • 2016年、通算200勝達成
  • 通算優勝回数26回 ※2024年末時点

山信田の指導は選手に考えさせる指導。具体的なアドバイスは少ないものの、レースを走るたびに感想を教えてくれて、常に課題を与えてくれる存在です。

師匠は、心技体の調和を大切にしている人。心と体が合ってきたときに結果を出せるようになってきました

125期最大のライバルは「中石湊」

森田一郎とは?「125期最大のライバルは中石湊」
森田一郎が一目置くライバル中石湊

森田一郎が真っ先にライバルとして挙げるのは「中石湊(なかいしみなと)」。

中石湊の戦績
  • 2004年11月14日生まれ
  • 2024年、3連対率96.9%
  • 2025年、S級へ昇級

中石湊は同期(125期)のライバルであり、ナショナルBチームに所属していた時代の仲間。

S級への昇進は森田一郎の方が先だったものの、自転車競技では勝つことが出来なかった高い壁。2人のライバル関係はずっと続いていきそうです。

モト

中石湊はアフロがトレードマークの選手。先輩の山崎賢人の影響を受けて、髪型をアフロにしたそうだ

尊敬する選手は兄弟子「森田優弥」

森田一郎の兄弟子・森田優弥

森田一郎が尊敬する選手は113期「森田優弥(もりたゆうや)」。

森田優弥の経歴
  • 1998年7月8日生まれ
  • 2019年ヤンググランプリ2位
  • 通算勝利数191勝 ※2024年末時点

森田優弥はタテを踏む力(加速力)とヨコの動き(相手をブロックする力)を持ち合わせており、ラインに貢献する走りが出来る選手。

競輪の特性をラインだと捉えている森田一郎にとって、森田優弥の能力は尊敬できるところもあり、憧れの存在なのだとか。

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